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甲府盆地Ⅱ


「甲府盆地Ⅰ」からの続きです。
先に下のⅠからお読み下さい。

甲府盆地の人々を苦しめていた病気の正体が
寄生虫であった。
それが判明したのは1904年のことだった。

寄生虫が原因だと分かったが
大事なことは感染を防ぐことと
すでにかかっている人の治療

そのためにも、この寄生虫の感染ルートを探る必要があった。

どこに潜んでいて
いつ、どのような手段で人間に感染するのか

まず、卵を採取し、孵化させてから
感染するかどうか実験をおこなったが感染しなかった。

寄生虫は、すぐ人間に寄生するのではなく
卵から孵化した場合
いくつか姿を変化させ、
人間に寄生しやすい形に成長してから寄生する

つまり、その寄生虫は
人間に寄生する前に
なにか別の生物に寄生し
そこで成長しているのだ。

そこで、その地域の生物の調査が始まった。
これを行ったのは九州帝国大学の宮入教授だった。

それまでの実験や調査、住民からの聞き取りで
水を飲むのではなく、
水に手足を入れることで感染することが判明していた。

水田や用水路に住む生物を片っ端から調査したところ
体内にこの寄生虫を持つ生物を見つけた
これは新種の「巻貝」であった。
(後にこの貝は「ミヤイリ貝」を名づけられる)

寄生虫はあまりにも小さいので撲滅は難しいが
その成長過程で必要となる
ミヤイリ貝を撲滅させれば、この病気を撲滅できる。

この地域の人々は
用水路をほかの地域よりも早く
コンクリート製のものにした。
もちろん、この用水路の改良も
甲府盆地の農業を発展させた要因のひとつである。

そして、この病気を
この地域から無くすことができるのであるならば・・・
という想いで
人々は水田を桑畑、そして果樹園へと
転換していったのだ。

1970年代からこの病気はほとんど見られなくなり
もちろん、今、甲府盆地に行ってもかかることはない。

僕は、甲府盆地に行ったことはないが
春の甲府盆地は一面に「桃」の花が咲き誇り
まるで「桃源郷」のようだという。

しかし、その美しい花があるのも
この歴史があるからこそだということも忘れていないそうだ

山梨県・・・ぶどうとももが日本一 中心は甲府盆地
と暗記してしまう
もちろん、そのほうが効率もいい。

しかし、こういう理由が裏にあることを知っていてほしい。

これは甲府盆地に限ったことではない

地理は、ほんとは暗記科目なのではなく
さまざまな事象には理由が存在し
その理由と結びつけて理解してほしい科目なのだ。

甲府盆地の例で言えば
「扇状地の特性」と「果樹園」が結びつけば
それで十分なのだが

世界に目を向けたとき
「なぜ、そこで石油が取れるの」・・・「構造盆地」「新期造山帯」
富山のチューリップ、熊本のいぐさ
たったひとつでも自分で調べてみると
学ぶことの面白さに気づくことができる
ふだんの勉強が何倍にも面白く感じられる。

今はインターネットで簡単に調べられる
学校の図書館でもいい
街の図書館でもいい

札幌エリート塾には
「医者」を志している人が多くいる。
そんな彼ら、彼女らに読んで欲しいと思って
正直、詳しい人から見たら
知識も乏しい、もしかしたら大きな間違いがあるかもしれないが

すべての塾生に
関心を持ちながら勉強して欲しいという想い
そして医師を目指す生徒に
この病気を撲滅するために奮闘した医師たちの姿を知ってほしい
そう思って書いてみました

久しぶりの長文日記
ありがとうございました
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甲府盆地Ⅰ

山梨県に有る甲府盆地は
果樹栽培が盛んである。
甲府盆地を中心とした果樹栽培で
山梨県は「ぶどう」「もも」の生産が日本一である。

ここで、なぜ扇状地は果樹栽培が盛んなのか?
甲府盆地は「ぶどう」「もも」が盛んなのか?
そんな疑問を持って欲しいし、調べて欲しい。

扇状地は構造的に、比較的粒の大きい堆積物でできやすい。
だから、水が地下水になりやすく農業用水の確保が難しい
そのため、稲作や畑作よりも水が少なくてすむ果樹栽培が盛んになる

と、ここまでは普通に学校でも説明を受けるであろう。

しかし、近代以前の農業といえば年貢の必要も有るので
稲作が基本である。
甲府盆地でも、稲作に適しているとは言いがたい環境で
水田がたくさん作られていた。
しかし、長く先祖から受け継いだ稲作を
なぜ、果樹栽培に切り替えたのか。

それは、より大きな収益が見込められるという理由のほかに
実は、甲府盆地にある悲しく、そしてたくましい歴史と関係が有る。

甲府盆地には、古くから「地方病」と言われてきた
原因不明の病があった。
カゼのような症状から始まり、そこで回復するケースもあるが
腹部に水がたまり、腹部が大きく膨れるという特徴的な症状が現れ
死にいたるという病気であった。

稲作の農民がかかる病気と信じられ
稲作が盛んな地名を盛り込んで
「竜次(りゅうじ)、団子(だんご)へ嫁へ行くなら
棺おけを背負っていけ」などの歌が言い伝えられてきたほどだ。

この病気をなんとか解明して欲しいと地元民は
長年訴えてきたのだが
あまりに地域が限定的すぎたためか
それほど本格的な調査は行われなかった。

しかし、日本がこの状況に危機感を感じたのは
意外なことが原因だった。
それは1873年の「徴兵令」だった。
この地域の若者たちの多くが
このなぞの病気にかかっていて
徴兵基準を満たす若者が極端に少なかった。

そこで山梨県は本格的な調査に乗り出した。

多くの医師や博士が調査する中
この病気にかかり末期を迎えていたひとりの女性が
病理解剖を希望する。
当時はまだ、手術はもちろん、死後の解剖も抵抗の強い時代
その中で、
「なんとかこの地域の人のために役立ちたい」との思いで
解剖を希望した女性は、申し出た6日後に息を引き取ったという。

そこで、行われた解剖で
肝臓から寄生虫の卵を発見する。

また、この医師が買っていた猫〔犬だったかな・・・?〕
にも同じ症状が見つかり、解剖をしたところ
生きた寄生虫を発見した

それが長年、甲府盆地の人を苦しめていた病気の正体
「日本住血吸虫」であった。

次のゴール

先日実施された
京都大学入学試験の英語を見た。

これからは札幌エリート塾を卒業した子も
高校生になって通いたいといってくれるので
それに対応できる力をつけなければということで

さて、その中の英作文〔引用〕

生兵法は大怪我のもとというが、
現代のように個人が簡単に発信できる時代には
とくに注意しなければならない。
聞きかじった知識を、さも自分で考えたかのように披露すると
後で必ず痛い目にあう。
専門家とて油断は禁物
専門外では素人であることを忘れがちだ。
さまざまな情報がすぐに手に入る世の中だからこそ
確かな知識を身につけることの重要性を見直すことが大切である


「生兵法は大怪我の元」
「油断は禁物」
など、慣用句的表現をどう表すか
つまり、英作文は、日本語を英語にする前に
日本語を日本語に直し
〔つまり難しい表現を英作文しやすい(理解しやすい)表現に直し〕
それから英語にするという2段階が必要である。

「生兵法は大怪我のもと」とはどういう意味だとう?
「少ししかない知識で物事を行うとかえって危険である」という感じかな。
「油断は禁物」は・・・と考えるときに、
ものすごく大事なことがある。

中学生の数学で特に口をすっぱくして注意しているのだが
〔この「口をすっぱく」というのも頻出ですね〕
最終ゴール・目的地を忘れるなということ

つまり、この問題は英文を完成させることにある。
では
「油断は禁物」・・・一見、主語述語ができあがっているが
英作文という視点から見れば
「もっと慎重にしろ」ということじゃないのかな・・・?


と解析はいったんここまでにしておく。

なにが言いたいかというとたくさんあるのだ(笑)
ひとつ
大学入試は、しっかり準備してから見ると
よく考えさせられてとても楽しい

ふたつ
結局、これは中学の英作文ができないと無理だよね。
中学の英作文がほとんど、中心となっている。
It's形容詞to とか

みっつ
もっと言うと、小学校のときに
国語をしっかり勉強したか

よっつ
今の子たちが将来
東大、京大を目指せる塾にするには
自分もここにいるべきなのだな

いつつ
よく見るとこの英文
塾の先生である我々にも
重要なことを言っているな~

昔、所属していた某塾が
高校生クラスを開設するとなったときに
それまで中学生の指導でトップクラスだった先生を
高校生クラスの責任者に持ってきたことがあって
僕も一度それを見学させていただいたことがあったのだが
僕が受験時代に指導していただいた
とある予備校の先生の授業と比べたら雲泥の差
「なんと、つまらない、そして実用性の無い授業だろう」と思った

案の定、生徒は集まらず、結局いま、その塾は
大手予備校の映像を利用している。

ほんと、生兵法は大怪我のもとなのだ

自分もしっかり戒めなければいけない


INAGO

現在、中学3年生のみの
受験生週間となっている。

平日はお弁当を持ってきて
5時間の勉強を頑張っている。

さて、そのお弁当の時間だったが
ふとしたことから
変わった食べ物の話題となり
本州には「イナゴ」を食べる地域が有るという話となったのだ
「気持ち悪い」という子がいる一方で
食べたことが有る子がいて
「美味しい」という子もいた。

なにげに検索すると、普通に
イナゴの佃煮が取り寄せられるではないか

論より証拠

発注ボタンをスッと押してしまった。

気持ち悪いという子にも偏見を取り除いてもらおう!

そして何を隠そう
僕もずっと興味あったのだ!
だけど
北海道で一人で食べるものでもないよね・・・

ということで本日、日曜日だが到着した。
いなご写真

開けてみると
しっかりと煮詰められていて
イナゴの形が見えないぞ・・・
と思ったのも開けた瞬間だけ
目が慣れてくると
缶の中いっぱいのイナゴ

※中身の写真はここでは省略します

しかし、思い切って食べてみる
ためらわずいっきにソシャク

うっ
うまい
本当に美味しい。

これはなかなか美味しいぞ

美味しいのだが
のどに脚がひっかかるのだけは
まだ慣れない・・・

甘える

先日、一匹の野良猫を見つけた

ただ、野良猫のわりには僕を見ても
猛ダッシュで逃げるわけでもない
距離はとろうとしていたが
人間を絶対に危険なものと見ている感じではない

体つきもころころしているし
毛並みもぼろぼろに乱れているようにも見えなかった

もしかしたら、どっかの飼い猫が散歩していたのかもしれないし
ご飯ぐらいはどこかでありついているのかもしれない。

しかし、思う
僕の好きな猫のマンガを描く作者さんも述べていたのだが

ちょっと甘えて
足元に擦り寄ってきてくれれば・・・

家では飼えないまでも
動物病院で健康診断とお注射をして
おいしいご飯を用意して
多少の毛布は準備してあげるのに

なにをそんなに突っ張っておるのだ
そう思うのだ。
それができたかできないか
鯖央のようにぬくぬくと暮らせるかどうかの境目なのにな
と思う。

僕はわりと生徒を甘えさせるほうだと思う。
わがままに甘やかすという意味ではない
〔周囲の一般的な塾よりは自由奔放だと思うけど・・・〕
塾の勉強のほか、学校の宿題、ワークまで気にしてしまう
プリント欲しいといったら、
生徒の想像以上の量をあげてしまう

手厚く接すると
生徒が塾に依存しちゃって
将来、自分で行動する力が弱くなるというが
そんなことはないだろうと思う。

今年、大学受験をした
うちの塾の1期生を見たら
立派な高校生になっていた。

今の高校2年生はテストのたびに自習に来る
半分、懐かしさで遊んだり
中学時代に戻った気分でいるが
それも、別に、塾に甘えに来ているわけではない。
どこで、勉強するか
どうやって勉強するか考えて
自習に来ているのだ。

今の高校1年生は
高校になっても、塾に簿記や数学を習いに来ている。
これだって塾に依存しているのかもしれないが
わからないところを人に聞くことが
悪いことだとは思わない。

考え方も勉強の取り組みも
中学のときより格段に成長している。
素晴らしいなと思う。

人の助けを借りることは
決して悪いことではないし
むしろ
人が助けたくなる人間になれと
常々言っている。
自分ひとりで成功できる人間なんて
この世のどこにもいないさ。

ちなみにうちの近所をうろつく野良猫
私たちは「りんだ」と名づけている(笑)
りんだの姿

のらねこ

悟り

これからの人生に悩むだろうし
肩に力が入りすぎることもあるだろう

でも、今できることを真剣にやればいいのだ
その積み重ねが
いつしか高くなっていく

何を迷っているのだ
迷う必要はない

satori.jpg

受験制度

2020年から大学入試の制度が変わる

大学入試センター試験は
毎年、良問を作り続ける苦労があり
しかも、それが過去の出題と重複していないか
などの多大なチェックが必要というのもわかるし
仕方ないのだろう

入試に「学力」を測定することに加えて
なにか別の価値を入れようとすると
入試制度の改革が必要になるのだろう

僕が受験するころに
「一芸一能入試」というのがあり(今も有るのかな・・・)
けん玉が上手な人がある大学に合格していたりした。
近年ではAO入試などだろう。

建前上、これからのグローバル社会に対応する能力の育成が必要だから
大学入試も変わらなければいけない
というのもわかるが

僕は、古いタイプの人間なので
一生懸命勉強し
一生懸命「詰め込んで」
最も高得点をとった人が合格

の単純明快なシステムのほうが、
受験生もわかりやすいし

そして、これからのグローバル化
多様な社会、激動の社会に対応できる人間育成
というのなら

たとえば大学入試の英語は
自分の英単語、英文法の知識を駆使し
短時間に英語の解析から始まり
日本語の能力を駆使し、きれいな日本語に変換する

そこにはフィーリングは通用しないし
しっかりした論理性が養われる。

これは英語に限らず、すべての教科にも言えるのではないか

僕は個人的には生物が好きだったな
見たことない実験の出題から
「これは、この結果を導き出そうとしているのだな」と考え
そして攻略していく。

受験勉強って
大学に入ってからはもちろん
社会に出ても、すごく役立つとは思う

・・・と
グローバル化とはまったく無縁の暮らしをしている
一介の塾の先生が語ってみた

しかし僕の考えは古いねぇ

ちなみに補足

先ほどの日記〔下の日記)で
話題にした
「頭の良し悪し」ですが
僕は、小中学のうちでは
そんなに影響が有るとは思えません。

だから、ふだんは
「頭が良い」「頭が悪い」という言葉は
日記はもちろん、生徒に対しても
使っていないと思います。

僕の中学1年生のときですが
1学期の英語の成績は2でした。

それが3、そして3年の後半には4になりました

さらに数年後の大学入試センター試験では
8割まで取れるほどになっていました。
今では、筆記問題はほぼ満点とれます
(すいません、発音アクセントは昔から苦手です)

この1例だけとっても
成績の悪い子でも、そのままというわけではなく
十分克服できるという証明にならないでしょうか?

そして、
もし、僕が高校受験や大学受験がなかったら
英語を克服しようなどと思わなかったと思います。

なにかしら受験戦争などと揶揄され
批判される受験システムですが
受験と言うものがないと
ほとんどの人は苦手なものに取り組まないのではないでしょうか?

それとも
僕だけが
そういう動機がないと
苦手なものに取り組めない人間だったのでしょうか?

もし、そうだとしたら
逆に、これからの日本って
すごい安泰だと思います

良い子悪い子ふつうの子

※本日はあえて
「頭が良い悪い」という表現を用いています。

札幌エリート塾は新しい生徒が来てくれると
もちろんうれしい。
それは小躍りしたくなるぐらいうれしい
美味しいカレー屋を発見したときぐらいうれしい

そして、その喜びには来てくれる生徒の学力は関係ない

札幌エリート塾は
「この塾で勉強したい」
「高塚先生と勉強したい」
そう思って来てくれる子なら大歓迎である。

「頭が良い子なら先生はうれしいんですよね?」
そんなことは無い。
だって
頭の良し悪しは、うちの塾になんの影響も無いし・・・

うちの塾は合格実績は載せていない

実績を載せると、申し込んでくれた生徒の学力で
実績のこと考えちゃうじゃないですか・・・
高塚先生だってやはり、人間だもの・・・
「今年は札幌南が増えそう・・・」
「チラシには上向き矢印使って実績上昇アピール!!」とか

むしろいっぱい教えたいので
知らないことが多い子のほうが嬉しいという
塾の先生魂もあるよね。

クラスを学力別で分けていないし・・・
「学力で分けたほうが効率がいいでしょ」とか言われるけど
大手塾さんでも
小さな教室では分けてないとこありますよね
だとすれば、むしろそれは顧客軽視では・・・

いやいや、学力はどうであれ
一緒に勉強して、
そしてどの層でも満足させる実力がなければ
塾の先生ではないのです。
そして、たいていの大手塾を経験していると
その力がついていますよ。

ただ言えることは
学力で分けると先生は非常に楽です。
これは間違いなくいえます。
私は別に楽な仕事を求めていないのだ!
・・・と思っていただけると幸いです

ただ、すいません
学校の違いは大きいです。
だからテスト対策のときは
学校別に分けています。

基本、塾の先生は頑固です。
だって、しかたないんです。
新卒で塾で働き始めて
ほかの業界を見ていない人が多く
頑固と言うより、世間知らずなんです。

私も(が)そうなんです
いや、そうでした
3年ほど、まったく違う業界を見て驚きでした
塾の先生の仕事って
なんて楽だったんだろう・・・と

社会人経験を積んで転身した人のほうが
人間的に良い教育ができると思います

明日から

明日から受験生週間です

一部の授業を除き
基本的に全学年お休みです。

受験生は学校の予定などがない限り
5時に集合し、通常の終了時刻である
9時50分まで頑張る

そこでひとつ大問題が発生してしまった
すっかり僕の計画から抜け落ちていたことがある

それは
途中のご飯である。

どうしようか
計画中である

とにかく
残りあと2週間
合格目指して頑張ろう

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